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静岡地方裁判所 昭和48年(行ウ)2号 判決

原告 山口武

被告 静岡県人事委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の申立にかかる不利益処分審査請求事件につき昭和四七年一〇月二〇日付をもつてなした、静岡県教育委員会が昭和四四年一二月二七日付をもつて行なつた原告に対する懲戒免職処分を承認する旨の判定はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は静岡県立沼津工業高等学校教諭である。

2  原告の任命権者である訴外静岡県教育委員会(以下県教委という。)は、昭和四四年一二月二七日付で地方公務員法(以下地公法という。)第二九条第一項第一号および第三号の規定により原告を懲戒免職した。原告に交付された処分事由説明書に記載された処分の事由は次のとおりであつた。

「昭和四四年一〇月二一日、東京都における、いわゆる国際反戦行動に参加し、同日午後五時頃、新宿区戸塚町三丁目付近において過激な集団の一員として行動し、新聞等に大きく報道された。このことは教育公務員としてまことにふさわしくない非行であり、その信用を著しく失墜した行為であり、地方公務員法第三三条に違反し、同法第二九条第一項第一号および第三号に該当するものである。」

3  原告は右処分を不服として、昭和四五年二月二五日被告に対し地公法第四九条の二第一項に基き不利益処分審査請求をなした。

被告は昭和四七年一〇月二〇日付をもつて、請求の趣旨記載の如き判定をなし、該判定はそのころ原告に告知された。

4  被告の右判定は違法であり、取消しを免れない。

(一) 被告は本件審査請求手続における審査の対象として、原告に対する処分理由として取り上げることのできる事実は、処分の際原告に交付された処分事由説明書記載の範囲の事実に限られるとした。ところで被告は右説明書記載の事実と密接不可分の関係にある事実として、原告が昭和四四年一〇月一八日、東京都内西武デパートで「一〇月二一日新宿へ」というビラを配布していた事実、最後に釈放後同年一一月下旬ころ、「獄中雑感」と題する印刷物を作成し、沼津、三島等において生徒を含めた不特定多数人にこれを配布したという事実を審理の対象とした。しかし右二つの事実は処分事由説明書に記載されている事実と基本的事実関係の同一性は認められないから、密接不可分な関係にあるとはいえない。

即ち、被告の判断にはくいちがいがあり違法である。

(二) 原告は昭和四四年一〇月二一日(以下一〇・二一反戦デーという。)、東京都において逮捕され勾留されたことはあるが不起訴となつて釈放されているにすぎない。しかるに被告は、原告は前記国際反戦行動(以下一〇・二一反戦行動という。)に参加・行動したことを誇示していると考えられると独断し、更に原告が一〇・二一反戦デーにおいて行なつた行動はその反社会性は極めて高いものであると判断している。しかし被告は右判断の前提として原告がいかなる場所においていかなる行動をなしたかという点について何ら具体的な事実を認定しているわけでもなく、またかかる事実を認定しうる証拠を集めているわけでもない。

例えば、被告は原告が「獄中雑感」なるガリ版を切つているのを定時制主事がかいま見たというあいまいな事実を認定しているにすぎないのに、被告の判断として原告が「獄中雑感」を書いたことについて、本件懲戒処分の参考資料にしたとしても特に不当であるとは思われない、としているが如きである。

また被告は、校長や県教委職員が警視庁・検察庁などの捜査機関と接触調査したところに基いて、原告の逮捕時の状況を認定しそれに基いて被告の判断を示しているが(右認定の事実のうち被告の判断に示されていないものもあり、また認定されていない具体的事実が被告の判断に示されているものもある)、捜査機関からの報告は典型的な伝聞であるのみならず、捜査機関の職務上公表しえないものであるから、被告の判断の前提となる事実認定の資料となしえないものであるしかも、右報告内容は原告の属していた集団の行動につき相互にくいちがいがあり、また被告の認定した事実とも重大なくいちがいがある。

つまり被告は原告の享受する思想・信条の自由、言論・表現の自由を否定し、原告に対する予断と偏見と悪意にみちた判断をなしているものであつて、右判断は被告に要請される公正・民主的・高潔・識見等にもとるもので違法である。

(三) 被告は一〇・二一反戦行動を反民主的かつ反社会性をもつ違法・不当な行為であると断定している。しかし右反戦行動は全国的に一〇〇万人にのぼる大規模な集会とデモが組織されたものであり、この行動のなかで一部の者に違法行為があつたことをもつて右反戦行動自体が反民主的であり反社会的であるということはできない。被告は、原告個人の具体的行動が何も明らかにされていないにも拘らず、原告が高度の反社会性をもつた右反戦行動のデモに参加したとして原告に対する懲戒処分を承認しているのであつて、被告の判断はその前提において、取消しを免れない。

(四) 地公法第二八条第二項は、公務員が刑事事件に関し起訴された場合は当然公務員を休職することができると規定している。右規定の趣旨からすれば、有罪判決の確定によらずして懲戒処分をなすには、その行為が客観的かつ明白な場合でなければならない。原告は前述のとおり起訴されずに釈放されており、県教委は原告の行為を客観的かつ明白に認定しうる資料は何ら提出していない。とすれば、原告については休職処分にすらなしえない場合であるのに、被告が本件において懲戒免職処分をなしうるとする何らの理由を示していないことは、同法第二七条第一項の公正の原則に反するものである。

(五) 県教委は昭和四七年一月三一日、静岡県立池新田高校教諭金原勝に対し、同人が昭和四六年一一月一九日東京都千代田区日比谷公園で行なわれた沖繩返還批准阻止集会に参加し、その集団と警察隊が衝突し混乱した渦中で行動し、逮捕され、新聞等で大きく報道された、などの理由で停職六カ月の懲戒処分をなした。右金原に対する懲戒処分事由と原告に対するそれとは、量において前者が多く、質において異ならないのに、右金原に対する懲戒処分よりも過酷な原告に対する懲戒免職処分を承認した被告の本件判定は、憲法第一四条第一項、地公法第一三条(平等取扱の原則)の解釈適用を誤つた違法がある。

5  よつて原告は被告に対し本件判定の取消しを求めるため本訴に及んだ。

二  請求原因に対する認否

1  第1項のうち、原告が本件懲戒免職処分を受けるまで原告主張の職にあつたことは認める。

2  第2、第3項はいずれも認める。

3  第4項以下は争う。

三  被告の主張

行政事件訴訟法(以下行訴法という。)第一〇条第二項によると、処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、原処分の違法は原処分の取消しの訴えにおいてのみ主張することができるとされ、原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えにおいては裁決に固有の違法のみを主張すべきであつて、原処分の違法を理由として裁決の取消しを求めることはできないものとされている。地公法第五〇条第三項によれば、人事委員会等のなす判定の内容は、原処分の承認・修正または取消しの三種類に限定されており、審査請求の棄却の裁決を含んで本件の如き原処分承認の主文を用いる実務上の慣行がある。原処分承認の裁決といえども、結局原処分を正当とした結論においては変るところがないのであるから、棄却の裁決の場合と同様に解すべきである。

原告が請求原因第4項において裁決固有の違法として掲げる事由のうち、(二)の点は県教委のなした処分理由の存否の問題として、(一)の点は右に関連する本件審査請求手続における審理の対象の問題として、(三)ないし(五)の点は地公法第三三条、第二九条の解釈並びに原告の行動の評価、処分基準の問題として、いずれも審査請求の段階で、原告より原処分の違法事由として主張されていた事項である。原告はこれらを本訴において、本件裁決の実体的判断に関する違法の問題に引き直し、表現をかえて主張しているにすぎない。

先に述べたとおり、裁決取消しの訴えにおいては、裁決手続上の瑕疵その他裁決固有の違法のみを主張しうるのであつて、原処分を維持・承認した裁決の実体的判断に関する違法を主張することは許されないというべきである。そうすると、原告の本訴請求は裁決の手続上の瑕疵その他裁決固有の違法について何ら主張するところがないのであるから棄却されるべきである。

四  原告の反論

1  一般に審査請求に対する審査庁のなす裁決は、却下・棄却・原処分承認・原処分修正等各種のものが考えられる。本件の如き原処分承認裁決は、国家公務員法・地公法に規定されるものであり、単純な棄却裁決と同一視すべきではない。棄却は不服申立人の申立て理由が理由なしとされるのに対し、原処分承認は審査庁が職権探知により原処分を審査し、それが適法かつ正当として維持する積極的な判断である。従つてこの違法は裁決固有の違法として、裁決の取消しの訴えによるべきであるとされる。

原告は請求原因第4項(一)で主張した通り、審査の対象として被告の制限した処分理由に対する被告の判断が違法であると争つているのであるから、裁決固有の違法を争つているものといえる。

2  地公法第五〇条二項は、人事委員会の判定のし方について、審査の結果に基いて原処分を承認・修正または取消すべき旨を規定している。そして、右取消しは当該処分が違法である場合または違法ではないが著しく妥当性を欠いている場合、修正はそれが違法ではないが処分者の裁量に不当な点がある場合、承認は処分が適法かつ妥当な場合にそれぞれなされるものである。そうすると、人事委員会のなした判定の取消訴訟においては、人事委員会が不利益処分が違法であるにも拘らずこれを適法とした場合、違法ではないが著しく妥当性を欠いているのに拘らずこれを承認した場合および違法ではないが裁量に不当な点があるにも拘らず修正をなさなかつた場合はいずれも判定が違法とされるべきである。

抗告訴訟における行政処分の取消原因は、当該処分が違法な場合であり、裁量権のゆ越ないし乱用についてもそれが裁量権の限界を越えて違法とされる場合に限られる。公務員の権利・利益の保護という見地からみて、判定の取消し原因と行政処分の取消し原因とを比較すれば前者の方がより保護の範囲が広いということになる。そう解することによつて、行訴法第一〇条第二項が明文によつて「審査請求を棄却」した裁決とし、地公法第五〇条第三項があえてかかる文言を使用せず明文をもつて「処分の承認」という字句を使用した合理的な理由を見出すことができる。

従つて、本件訴訟には行訴法第一〇条第二項の適用はないものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第1項のうち、原告が本件懲戒免職処分を受けるまで原告主張の職にあつたことおよび同第2、第3項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は本訴において、訴外県教委が原告に対してなした懲戒免職処分を承認する旨の被告の判定(不利益処分についての審査請求に対する人事委員会の判定が行訴法第三条第三項にいう「裁決」に該ることは明らかであるから、以下右判定をも裁決ということとする。)に違法があるとして、その取消しを求めている。ところで原告は本訴のほか、本件裁決の原処分たる右懲戒免職処分自体の取消しの訴えを提起することもできる(地公法第五一条の二)。そこで原処分を承認する旨の本件裁決が、「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」と定めた行訴法第一〇条第二項にいう審査請求を棄却した裁決に該当し、同項による主張理由の制限を受けるのか否かが問題となる。

行訴法が右のように裁決取消しの訴えにおける主張理由を制限しているのは、処分の取消しの訴えとその処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとの間に判断の牴触が生じるのを避けるためであり、また原処分を取消す旨の確定判決は関係行政庁をも拘束するから、原処分により違法に権利又は利益を侵害された者は、違法事由を同じくする限り原処分の取消しを求めれば足り、そのほかに裁決の取消しを求める利益がないからである。

原告はその反論1において、原処分を承認する旨の裁決は、審査庁が自ら職権探知により原処分を審査しそれを適法かつ正当として維持する積極的な判断であつて、単に不服申立人の申立て理由を理由なしとして審査請求を棄却した裁決とは異なるから、行訴法による右取消し理由の制限を受けない旨主張する。しかし地公法第五〇条第三項によれば、被告のなすべき裁決の内容は、原処分の承認・修正または取消しの三種類のいずれかに限定されており、従つて原処分承認の裁決には、被告が職権調査により原処分を審査しこれを維持した裁決のみならず、原告のいう単に審査請求を棄却した裁決と趣旨を同じくする裁決も含まれること、また単に審査請求を棄却した裁決にも、審査庁が自らの職権調査に基き原処分とは異なる理由で原処分を維持した裁決が含まれることなどを考慮すれは、原処分を承認する裁決と審査請求を棄却した裁決との間に原告主張のごとき質的な差異があるものとは解し難い。そして原処分承認の裁決は審査請求を棄却した裁決と同じく、結局原処分を正当とした判断であつて、審査庁による新たな処分をなしたものではないから、原処分取消しの訴えとその処分を正当とした裁決取消しの訴えとにおける判断の牴触を避けるなどの右行訴法の趣旨からすれば、原処分承認の裁決にも同法第一〇条第二項が適用され、その主張理由が制限されるものと解するのが相当である。

原告はその反論2において、本件裁決の取消し原因は一般行政処分の取消し原因よりも範囲が広いと解されるから、本訴には右行訴法の適用はない旨主張する。しかし原告主張のごとく被告のなした本件裁決の取消し原因を一般行政処分の取消し原因とは別異にそれよりも広く解すべき根拠はないというべきであるから、原告の右主張はその前提において失当であり、理由がない。

三  以上によれば、原告は本訴において、原処分の違法を主張することは許されず、裁決の手続上の違法等裁決に固有の違法のみを主張することが許されることになる。

ところで原処分の違法とは、前述した行訴法第一〇条第二項の規定の趣意からすれば、原処分を維持した裁決の実体的判断の内容に関する違法と解すべきである。換言すれば、違法な原処分を維持した裁決の事実の認定や証拠の取捨選択、認定した事実についての評価・判断の内容に関する違法は、右にいう原処分の違法に当たるというべきである。そしてこの場合、原処分の理由と異なる理由によつてこれを維持する裁決であつても、その実体的な判断内容に関する違法である限り、ここにいう原処分の違法に当たると解される。

そこで以下、原告が本件裁決の違法事由として請求原因第4項の(一)ないし(五)において主張するところを検討する。

その(一)は、被告が原処分の処分事由として審査の対象となしうるとした事実の範囲と、現に審査の対象とした事実の範囲にくいちがいがあるというものであつて、右主張は本件裁決の理由中に内在する固有の違法を主張するものの如くである。しかし右主張も、結局のところ、被告の原告に対する処分事由についての実体的判断の内容に違法があると主張することに帰着する。けだしその内容的違法として、右判断の対象とされた事実の範囲と被告が審査の対象となしうるとした事実の範囲とのくいちがいを主張しているにすぎないと解されるからである。そうすると、原告の右主張は原処分の違法を主張するものというべきである。その(二)は、被告の事実認定および右認定の資料とされた証拠並びに被告の判断に違法があると主張するものであるから、これが前述の原処分の違法を主張するものであることは明らかである。その(三)は、被告の判断のうちで、原告の行動の評価の前提とされた事実の評価に誤りがあるというものであり、その(四)および(五)は、被告が原告に対する懲戒免職処分を承認した判断には、憲法第一四条第一項、地公法第一三条、第二七条第一項に反する違法があるというものであつて、いずれも、被告の判断の内容的違法を主張するものであるから、これらもまた原処分の違法を主張するものというべきである。

そうすると、右(一)ないし(五)の事由は、すべて本件裁決の違法事由として主張することの許されないものといわなければならない。

しかして原告は本訴において右のほか、本件裁決の手続上の違法等本件裁決に固有の違法を主張・立証するところがない。

四  以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松岡登 宍戸達徳 坂本慶一)

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